無料ブログはココログ

日記・コラム・つぶやき

2011年5月16日 (月)

南相馬市・いわき市-災害ボランティアいってきました[3]

【準備編】

○交通手段
 レンタカーを手配。

 大手レンタカーと格安レンタカーと2社調べました。
 値段を考慮し、格安レンタカー会社で手配。

 例年予約とれない時期なのに
 2社とも5月1-6日フルで予約OK。。。

 (参考)
 マツダレンタカーやオリックスレンタカーは復興支援窓口を設置。
 「Webで満車となっていても、準備や代車手配などの融通をする」
 後方支援をしている。




○災害派遣等従事車両証明書

 首都高と外環以外の申請高速道路が無料で利用できる。

 必要事項(居住区役所で申請)
 (1)ボランティア受入側の作業依頼証明書
 (2)車検証のコピー
 (3)印鑑と利用区間


 (1)は電話での応対のみ。先方はそれどころではない
 (2)もレンタカーで休日出発で、事前・当日提出は難しい
 と話したところ、前例がないが理解できる、とのことで
 快く対応くださった。

 申請は15分程度で、その場で証明書発行いただける。





○事前の経路
 ・Twitter
 ・Google、Yahoo!の自動車通行実績マップ
 ・HONDA DriveLocator(iPhoneアプリ)

 Twitterで経路のあたりをつけ、DriveLocatorで再確認。
 DriveLocatorは規制情報を考慮したルートを引いてくれる
 すばらしいアプリ。

 011


 道中はパイオニア AirNaviを利用。
 ナビとしてももちろん、
 AirNaviを通信機能付で利用することにより
 HONDAさんを通じて翌日の
 Google、Yahoo!の自動車通行実績マップに反映される



(参考)ガソリン代
 ガソリン代は全部で約9000円。
 3箇所で給油。
 福島県川俣町  156円 ※飯館村の隣
 福島県いわき市 151円
 川崎市     151円

 GSは南相馬市の市街地を除けば、営業店舗も多く、
 給油には不自由せず。




○宿泊

 すべて宿泊施設を手配。電話予約。
 素泊もしくは朝食付きで4000円~8000円/泊

 難しい言い方だが、直販なのに安くないけど
 今回は経済貢献と思って、腹をくくりました。

 一方、現実としてボランティアを継続する場合
 こんな金額では継続できない。

 1週間や10日滞在されている方々や数日間の参加者でも
 車中泊・テント泊という方も少なくなかった。
 近隣市町村の「まんが喫茶」に宿泊という人も。

 南相馬市VCではGW直前から、近隣の公会堂や体育館を
 ボランティア用宿泊施設として提供し始めた。
 またドライブイン(2500円シャワー付)も紹介。

 「自己完結型で来て下さい、でもテントも車中泊もだめ」
 という掲示を多く目にしたけど、
 それでは長期でなくても継続参加が難しい。
 参加者の金銭負担を下げる、支援場所が重要。




○食事

 南相馬市
  セブンイレブンが20時までだが開いており、
  商品もきちんと揃っていた。
  翌日の朝食・昼食はすべて手配。

  地場スーパーも開いていた。

  夕食も、ぽつぽつだが地元の居酒屋や
 「村さ来」も営業しており外食はできる。

  宝島原町店 焼肉や (国道6号沿い)
  レストランココス原町店(原ノ町駅付近)
  ラーメン屋(レストランココス向かい)
  なども営業。

 いわき市
  沿岸部以外まったく通常の商業活動が営まれています。
  食事、買い物、全く不都合なし。

 昼食用にとカロリーメイトとソイジョイを用意したが
 消費せず。



○その他用意したもの

 着替え、汚れていい服
 ゴーグル、マスク、耐油性の手袋、軍手、長靴
 タオル、帽子
 リュック(作業中身に着けるもの)
 水2リットル+VCでも配布。ペットボトル2本ずついただいた。

 角スコップ、シャベルは持参したが、
 機材の不足がなく、使用せず。

 南相馬市はスコップを持参した方々が多く
 作業にとても便利な一輪車持参者まで!!重宝しました。

 


■さいごに


 「供給過多」と言われたGW中の参加者は
 南相馬は約400-500人/日
 いわき市は約1000-1200人/日


 民家の泥かきは1軒あたりのべ100人ぐらい、
 場所によっては200人ぐらいかかるそうだ。
 畳1枚運ぶのに男手4-5人必要だし。

 作業はチーム制で、道具や受入側の事情もあり10-20人/チーム。

 20人で1軒片付けるのに単純計算で5日間かかる上に
 約400人いても20人ずつなら20軒しかできない。

 被災した家は何軒あるのか・・・
 しかも家だけではない。
 田畑、ビニルハウス、工場、河川。泥と瓦礫が拡散している。


 泥かきはとにかく人海戦術でやるしかない作業。
 また衛生面から短期で、梅雨前に片付ける必要があると思われる。

 自衛隊には優先順位が高い仕事がある。



 一方、ニーズの掘起しは、不慣れなVCではうまくいかないこともあるそうで
 また、GWでボランティアが入ったことにより
 活動自体がニーズを引き起こすこともあるのだそうだ。

 お隣がボランティアを頼むのをみて、
 はじめてボランティアの存在を知ったり、
 自分も頼んでみようという気になるとのこと。



 有償で被災者を雇えばいい、という意見もあるが
 自宅が泥や瓦礫にまみれた状態では、最初の一歩を踏み出すことさえも難しい。

 外に一歩踏み出していただくための、
 被災していない人間がお手伝いする、フェーズ0。はじめの一歩。


 夏までには状況が改善されることを祈りたい。

南相馬市・いわき市-災害ボランティアいってきました[1]

5月1-6日に、福島県南相馬市といわき市にいきました。

【南相馬市編】

■5月1日 川崎市→南相馬市 移動

 川崎を10時30分を出発、
 首都高→東北道二本松IC→飯館村経由で16時30分に南相馬市へ。

 高速も一般道も渋滞にあわず順調。

 飯館村は桜、菜の花、新緑に古民家が佇む美しい村。
 大きなこいのぼりも所々に舞いのどやかな景色。

 夕方には南相馬市鹿島区ボランティアセンター(VC)の場所を確認
 作業をされていた方から作業の様子などを軽く伺う。

 沿岸部へ車を向ける。

 沿岸部は瓦礫ばかり。
 田畑の上に瓦礫が散乱、土台だけのこった戸建の後、
 送電線が切れた鉄塔、ひしゃげた車。
 ぐにゃりと折れ曲がったガードレールや標識。
 瓦礫の海が一面に広がっている。

013 
 

 宿は「もりの湯」。素泊6000円/人

 夕飯は「村さ来」。
 大変な賑わい。
 仕入れの関係で限定メニューでしたがそれでも豊富。
 おなか一杯食べました。

027



■5月2日 南相馬市鹿島区

 鹿島区VC周辺には無料駐車場あり。
 
 8時30分 受付
 9時 マッチング開始

 申込書に必要事項を記入し、
 ボランティア保険の加入有無を申告。
 未加入の場合、社会福祉協議会負担で保険加入。

 <マッチング(作業の割当)方法>
 VCごとに様々。

 鹿島区はニーズ(作業依頼)を1件ずつ読み上げ、
 必要人数に対し、作業希望者が手をあげて応募する方式。

 ・作業継続の場合、翌日継続されていたこと
 ・継続作業に携わっていた人はその作業を継続できること
 「作業依頼する人(被災者)」の立場にたった運営スタイル。



 この日のニーズは
 ・鹿島球場の清掃
 ・河川敷の清掃
 ・個人宅の清掃 など。

 午前中:
  VC裏にある、地元消防団がはったテント12基の撤去作業。
  汚れない作業だが、四苦八苦しながら片付け。
  数基が、避難所の敷地内に設営されていて、
  ガラス越しに丸見えだったので、気を使いながらの作業。

 午後:
  河川敷の清掃。流木の片付け。
  午前中からの作業チームに合流。
  津波で散乱したゴミの片付け。
  風が強い中で砂埃が舞う中でゴーグル必須の作業。

  午後は10人1チーム×5組で合流。

  所属した10人のうち2名は福島県の方。
  田村市からきた若い男性は、自身も被災し、新潟に避難したが
  戻ってきて、参加。
  相馬市から参加した女性は、成人した子供がおり、
  彼には放射能は心配だが
  自分は放射能をもう気にしないので災害復興のために参加、とのこと。

  また宮城の実家の片付けに帰る前に、
  南相馬市に立ち寄って作業するという方もいた。

  ネットで「南相馬市・特に鹿島区は原発の風評被害で
  ボランティアが足りない!」というSOSをみて、
  駆けつけたという人が少なくない。

  

  
 16時にVCに戻り、道具を洗って解散。

 
 帰り道また沿岸部、北上し相馬市沿岸部まで車を走らせる。

 磯部あたりは津波で流された機材や瓦礫が片付かないまま。
 瓦礫が散乱した田畑には、カラスがたくさんいた。

 035_2

 鹿島区小島田付近の国道沿いに小さい漁船が10数基うちあがっていた。
 川伝いに流されてきたと思われるが
 沿岸から3kmもある国道沿いにひしゃげた漁船が点在。

 

 宿は「Step in はらまち」 素泊8000円/室
 国道6号沿いのビジネスホテルで国道には
 郊外型大型店舗が立ち並んでいたが
 自動車ディーラー以外は休業中。
 建物はあるのに、営みがない。

 夕飯はコンビニ弁当。
 セブンイレブンだけが営業していた。
 コンビニのあかりをみて、ほっと感謝。

 025_2






■5月3日 南相馬市鹿島区

 引き続き、鹿島区。
 本日はニーズがたくさんある、ということで冒頭から気合あるマッチング。
 また、GWに集まった大人数をいかし
 作業のスピードを速めるためという1件あたりの募集人数が拡大。

 1発目に
 ・河川敷の清掃・・・50名!!
  どよめきがあがるとともに、親方らしき人が「20名いるよ!」と声をあげる。
  感嘆&尊敬の空気。
  昨日からの継続のメンバーを含め、あっという間に50名集まる。  

 続いて
 ・鹿島球場の清掃
 ・個人宅の清掃 など。

 この日は、農家の清掃。昨日からの継続案件に参加。
 沿岸からは数kmは慣れているが、河川沿いのために
 自宅の1階、庭や納屋が汚泥と藁にまみれ、その除去。
 1階はすでに清掃済で、たたみも出されていた。

 午前:
  
庭にたまった藁や汚泥の除去。
  汚泥も乾いていて、一見もとの土の区別がつきにくいが
  フォークで泥をひたすらすくっていくと、
  埋もれていた水仙が現れ、汚泥の深さが分かる。
  10cm前後はたまっている。

 午後:
  被災した納屋の泥だし。
  昔から続く農家らしく、大小今昔のものがたくさん。
  どこから手をつけていいかわからないほどだったが
  男性陣が獅子奮迅の働き。
  足場をつくり納屋からモノをだしては泥をかきだし。
  夕方には床が見えるまで作業が進んだ。すごい。



 この日は16人だったが、約2/3が一人参加の男性。
 GW含め2週間作業をするという人
 いわきから北上して、岩手まで作業する人など。



 この日作業をさせていただいた農家のご夫婦は
 朝、道の駅に物資を受け取りに朝7時から並んだが
 約1700人が集まり、途中で配布打ち切り、
 貰えなかったとおっしゃっていた。

 さらに、この農家は2階だてだが
 1階が被災しガラスなどが破損して、鍵がない状態。
 このため避難している間に、2階にあった家電は
 すべて盗まれてしまったそうだ。





 作業後、飯館村、常磐道経由でいわき市勿来に移動。
 飲食店もコンビニも通常営業。

 南相馬市の「静かな街」とは大きく違い普通の営み。

 宿は勿来温泉の「関の湯」。朝食付き8000円/人
 初健康ランド泊。
 日ごろの運動不足ですっかり硬直した体には嬉しい。

2011年4月20日 (水)

災害ボランティア・石巻にいきました[3]

■現地の渋滞状況などの交通事情

二日間、石巻専修大学と、「あいプラザ」を往復しましたが
意外だったのは、渋滞や混雑が頻発していたこと。

被災地で、車の破壊もたくさんあったので
もっと閑散とした交通量を想像していましたがまったく違っていました。

特に被災地周辺は
車の量も少なくなく、狭い行動範囲から見た中でも
県道33号線、7号線、石巻街道はつねに混雑していました。

※この日はすぐ近くで石原軍団の炊き出しがあったので
 あるエリアは特異日ということも言えると思いますが
 中央から高台に向かう道路も同様に混雑していました。

※※18日以降、不定期に
  パイオニア・エアーナビのスマートループ渋滞情報をみていますが
  石巻市役所周辺は混雑・渋滞が多く表示されています。

1つは、車の量も少なくない中で
信号がほとんど稼動しておらず、
交差点ごとに減速し徐行運転をしているからだと思います。

また推測ですが、県外からの流入車両が多い中で、
幹線道路に集中しているのではないかと思いました。

渋滞情報は東名阪、というイメージがありましたが
こと被災地は車がないと生活できないこととあわせ
渋滞情報のニーズが高そうだ、と思いました。

渋滞考慮対応のナビを配りたいー!
面倒くさい手続きなんかすっとばして配れー!!!

また少し専門的になりますが
現地ではまだまだあらゆる復興に関る車両や人員が足りない。
最も受け入れが進んでいる石巻でさえ少ない。
例えば産廃車両、建築関係車両、物流関連車両を効率よく運営する、
または今移動している車両はどこにいて、いつ来るのか、
時間の把握も重要になります。

業務用の車両位置管理のニーズは今最も高くなっていると思います。

■さいごに

ベースキャンプである石巻専修大学は高台にあり
まったく震災の影響を受けていないようにみえました。
周辺の家屋も、無傷(か分かりませんが)が多く、
通常通りの生活を営んでいるようです。
のどやかな風景でした。

ところが、車で約10-15分、石巻線を越えると、風景が一変し、
半壊の家屋と、大量の瓦礫が延々と続きます。
今回の被災が、津波による被害ということを改めて認識するとともに、
狭いコミュニティでこれだけの差がでると、コミュニティの維持にも
難しいものがでるのではないか、とも余計なことを考えました。

とはいえ、被災された方は、我慢、ムリをされているかもしれませんが
助かったことを感謝し、一様に前向きで、淡々と生きています。

過度にメロウになることなく、記憶を風化させずに、いこうと思います。

復興は先が長い、けど、やれることはすぐにやる、
ごちゃごちゃ考えずに反射神経よく動く、ということも心にとめて。

災害ボランティア・石巻にいきました[1]

4月15-17日にap bank×ピースボートの
週末ボランティアプログラムに参加しました。

■ボランティア作業内容

15日(金)22時30分 高田馬場から大型バス3台で出発。
16日(土)7時 ボランティアのベースキャンプ・石巻専修大学到着。
 
http://kokomail.mapfan.com/receiven.cgi?MAP=E141.17.51.1N38.27.3.0&ZM=9

 主なボランティア業務
 ・炊き出し
 ・炊き出しのデリバリー(在宅避難の方への配達)
 ・クリーン(店舗・家屋の泥だし、路上のゴミ・泥片付け)
 ・ストア(物資を保管する倉庫管理)
 ・お風呂案内
 ・その他(ベースキャンプの掃除)

 今回の参加者の大多数は2日ともクリーン(泥だし)でした。
 ap bank 5名 +ピースボート 5名 =約10名
 を1チームとして、チームごとに作業場所が割り振られます。

 私のチームはapbank(男性2名、女性3名)+ピースボート
 (屈強・ガテン&職人系男性4名)の9名でした。

◎クリーン(泥だし作業)

 11時 クリーン作業の基地である「あいプラザ(石巻健康センター)」 に大型バスで移動
 
http://kokomail.mapfan.com/receiven.cgi?MAP=E141.18.42.6N38.25.47.6&ZM=11

 -初日-
   ヘルメット、清掃作業用具の貸出とオリエンテーションを受け、
   早速・・・昼食。持参した昼食をグループ単位でとりました。

   13時に作業開始。商店街にある元写真屋さんの泥だし。

   最初に店内のソファーや壊れた家具を屋外に移動。
   それから店内の泥(ヘドロ)を屋外に出し、
   その泥を土嚢につめ、紐で袋とじをし、道端に積上げる作業。

   釘を通さない厚底マットが24cm以上しかなかったので、
   この作業は男性が行い、
   外にかきだされた泥を、二人一組で、土嚢につめていく・・・
    
   お米2kg位の泥は、水と油で重く、10kgぐらいに感じました。
   これをひたすらつめて、運んで・・・
   最初は気を使っていても、腕・足からどんどん泥で汚れていく。

   すえたニオイは、作業中はすぐに慣れて気にならなかったけど
   水洗いではヘドロのニオイは落ちず、帰宅して風呂に入るまで
   体からヘドロのニオイはついたままでした。

   初日なので早め(15時30分)に作業終了。
   9人がかりで、大部分の泥は出せたものの、清掃完了できず。

   床面積の広いメインフロアの泥かきはできたものの
   トイレ、バス、台所などの泥かきがうまくいかない。
   電気がつかないので、狭い室内は見えないし、
   平面の床ではないので
   かき出しも効率よくいきませんでした。

   顧客(被災者)からご要望をいただければ、
   翌日も作業ができるのだけど
   あとはご自分でやる、とのことで、
   面倒くさいところを残して作業切り上げ。
   心残りでした。

   日本財団が用意してくれた給水場
   
http://kokomail.mapfan.com/receiven.cgi?MAP=E141.18.49.8N38.25.42.3&ZM=11
   で清掃用具と自身を水洗いして、「あいプラザ」に帰着。
   順次大型バスで石巻専修大学に戻る。

-2日目-
   8時30分「あいプラザ」に到着。
   この日は、「アイトピア」交差点付近の道路の泥片付け。
   ユンボが粗大ゴミを片付けた後の清掃活動。(泥かきと水洗い)

   商店街は2階建てで、1階はガラス戸の店舗が多く、
   1階は津波で被災していました。
   このため、店舗内の家財道具が、道路にゴミとして出され、
   ゴミと泥が道に積上げられています。
   これをユンボが産廃車両につんでいく。
   残ったゴミと泥(ヘドロ)を土嚢にひたすらつめ、路側に積上げ、
   最後水洗いをして、道を綺麗にしていきます。

   道路は粉塵も舞っており、ゴーグルやメガネが役に立ちます。

   商店街は泥だしをして片付いた店舗もあれば、
   震災から一月たっても手もつけられていない店舗もある。
   道路の清掃をしていた場所に面した店舗は屋内が散乱していて、
   店主と思われるおじいさんから、家屋の片づけを依頼されました。

   その場で仕事は請けられず、コーディネーターに話をつなぎ、
   コーディネーターが別途日程調整という段取りを組んでいました。

   店舗1階のガラスには、2mぐらいまで泥水の跡が残っていて
   津波は1階の人を飲み込んだそうです。
   おじいさんも1階で津波にのまれたけど、運よく助かった、
   命が残ったので、頑張って生きて行くよ、と話して下さいました。
      
   午後も同じ作業でしたが、ユンボの片付けが終わらないので、
   人力で、ゴミと泥を手作業で土嚢につめる作業となりました。
   破壊された家具、ガラス、生活用品、商売道具と泥を
   つめられるだけ土嚢につめて、道路を洗って行く。

   しかし土嚢があるので、水をまけばそこから泥水も染み出すし
   水をまかないと、道路が泥まみれのまま・・・
   素人&手作業の難しさに苦慮した作業でした。

 -参考-
  (石巻ボランティアセンター HPより)
   
http://www.camper.ne.jp/npo/ishinomaki/
   石巻ボランティアセンター:ボランティア派遣依頼を3,139件受け、
   うち1,590件に派遣。ボランティア待ち世帯が1,549件。
   人手が足りない。ドロ出し、畳、家具の搬出がメイン。

  (ピースボート関係者 Twitterより)
   
http://twitter.com/#!/taka_chari
   ボランティア人数としては最大であろうピースボートが
   一ヶ月以上も石巻で泥だしに徹していても、
   まだ一つの町も終了していない。
   昨日300人以上をその町に投入したが、
   店舗着手30件弱、家屋内にある泥の量は半端ではない。