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2013年7月

2013年7月28日 (日)

ボランティア活動-石巻・牡鹿半島・漁業支援(7/13)

2日目は石巻・牡鹿半島のホヤ養殖のお手伝い。


こちらも昨年11月にもお伺いした場所でした。
ボランティア活動-石巻・牡鹿半島・漁業支援(11/24)


顔なじみの横浜からの女性ボランティアと2人で伺いました。


ホヤ養殖用の牡蠣の貝殻に紐通し作業でした。

お母さんが穴をあけ、
隣で私たちが2.5m位の紐が埋まる程度に貝殻を通します。



ちなみに貝殻は乾いたものばかりではないため、長い紐に
紐遠しをすると、貝殻が体にあたり少しずつ泥汚れが体につきます。

汚れてもいい恰好-雨合羽的な上下と長靴はおすすめです。


お母さんと並んでの作業だったので、色々なお話を伺いました。


震災前はホタテ養殖をされていましたが、
ホタテ養殖は収入までに時間がかかるとのことで
収入までの期間が比較的短いホヤ養殖を選んだそうです。

「昨年冬」にチーム王冠さんが長期ボランティ案件として
お手伝いした養殖作業の水揚げが
「来春」になりますが、その金額が
一般的に聞く新卒の年収の半分程度です。

震災から約3年たって、ようやく本業で得られる収入です。


家屋はもちろんのこと、
作業に必要な船・道具は一切流されています。
養殖に必要な仕事道具は震災後に購入しています。

仮設住宅にお住まいのため、家賃はかかっていませんが
隣市から牡鹿半島に通うガソリン代は自己負担です。

住まいは高台移転になり、早くて3年後になるそうです。


先は長そうだ、というのが正直な感想でした。


またお母さんはもっと養殖作業をしたいが
お孫さんが学童保育に入れず、面倒をみなければならないため
時間が割けないともおっしゃっていました。

代表の伊藤さんに伺ったとことろ
石巻市、東松島市は、現在学童保育不足が課題の1つになっているそうです。
(学童保育とは、共働き家庭や母子・父子家庭の小学生の子どもたちの毎日の放課後の生活を守る施設です)
震災後、働き手の増加に伴い、学童保育の需要に対し施設が追い付いていないとのこと。

現地で聞かれる人手不足の問題や
自営業の方の復興スピードにも影響がありそうです。




牡鹿半島に向かう道中は、道路工事が多いこととともに
まだ砂利道のまま舗装もされていない道や
隆起がそのままになっている道も少なくありませんでした。

牡鹿半島は道路が多くないため
ほぼ通る道は決まっています。

2年半もこの状態では、作業や生活、ボランティアのために
通う車はすぐ傷むだろうと想像されました。



また作業場の目の前は湾で、数隻の船が湾内に浮かんでいました。
作業中ということではなく、湾の工事が終わらず
船が接舷できないためです。

震災後には散見された光景ですが、牡鹿半島はまだ今でも見られます。


作業場の目の前の防波堤も壊れたままです。
上水道もまだ整備されていません。
ごみ収集もきません。

半島ならではの事情なのかもしれませんが、
先が長いことを改めて感じた1日でした。

ボランティア活動-石巻・漁業支援(7/12,7/14)

3連休を利用してチーム王冠さんの活動に参加しました。
2か月ぶりの活動です。


3日間とも漁業支援でした。

初日と3日目は石巻での牡蠣の養殖のお手伝い。
2日目は石巻・牡鹿半島のホヤ養殖のお手伝い。


牡蠣の養殖は昨年7月・10月にもお伺いした場所でした。
ボランティア・チーム王冠(10/5・漁業支援)



この日は、カキ養殖要の種付け貝をつくる作業でした。

ホタテの貝殻に穴をあけ、貝殻に針金をとおし、
先端の針金を加工して海につるせる状態まで仕上げます。

初日は中期滞在をしているリピーターの男性と
3日目は同様に長期滞在しているスタッフ的な女性とご一緒しました。



ホタテの貝殻をミとフタにわけ、先のとがった金槌のようなもので
真ん中に穴をあけます。

次の工程では
穴をあけた貝殻、ミとフタ各36枚ずつと
間に貝殻通しの隙間をあけるためのプラスチックの輪を針金で通します。

また針金通しをするときにある程度の大きさから外れる貝殻を
大小に分けて選別すること、
最後の1枚は大きな貝殻を選ぶこと、など
規格にそった「種付け貝」づくりのための作業もします。


牡蠣の放卵時期までに海につるすため、「種付け貝」づくりは
7月中に終了させる必要があるそうです。




チーム王冠さんは依頼者さんとお約束した
種付け貝の数を仕上げるために
長期ボランティア案件として作業のお手伝いをしています。

伺った時点でお約束の9割が終わり、残り1割というとことでした。




正直膨大な貝殻を処理する作業です。
1日2人の作業では、なかなか進展しません。

この作業に携わっている同行のお2人
山がずいぶん小さくなったと話していましたが
毎日コツコツと山を取り崩していっているのでしょう。


おそらく相当程度の(のべ)人数をかけた作業であり
震災前はそれがコミュニティで維持されていたと伺いましたので
ある程度の人々がいらしたのでしょう。

3度お手伝いしましたが、
ご家族とボランティア以外は姿を見ませんでした。

養殖作業を永続的に継続するには、
被災されたご近所の方々の生活がもとにもどること

ご近所の方々が戻らないのであれば
対価を支払って作業をする方を雇用すること
ある程度の工程までの作業(物)を金銭で買ってくること
などが必要になるでしょう。

前者も後者も時間がかかるでしょうし、
そもそも人がそろうのか、という課題もでてくると思います。
対価を支払うためのお金も必要です。


人もカネもすぐにそろうはずもなく
しかし今やらないと来年再来年の収入もない。

その間を今はボランティアが埋めているのだと思います。

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