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2012年3月

2012年3月23日 (金)

離散状態にある福島からの避難家族支援

石巻からの帰路。
仙台で、福島からの自主避難者やその家族の為に、
福島⇆山形を走る民間バスを個人で借り上げ運行している本田さんと会う。
山形ボランティア隊の隊長。

震災1か月後の4月に山形ボランティア隊を立ち上げて
年末までボランティアバスの運行を企画。
1月からは山形で暮らす福島の避難者を対象に無料バス「うぇるかむ号」を運行している。
月160万円の費用を自己負担し、二ヶ月運行してきた。

しかし、現在運営資金のやり繰りが苦しくなりバスの運行に黄色信号が灯りました。
何とか継続して支援をしていけるようにみなさんのお力をお借りできればと思います。

以下、本田さんが話して下さった内容。

福島から他県への自主避難者は、約14000人。うち13000人が山形に避難。
課題は大きく二つ。

六月から山形で自主避難者を受け入れはじめたが、
実態を福島県も山形県も全く把握できていない。
誰がどこにどういう家族構成でいるのか分からない。

一度行政がアンケートをとったが、回収率30%。
かつフリーアンサー形式にしたため有効な情報が集まらなかった。
行政は一度アンケートをとったので、以降状況把握を進めていない。
NPOも自主避難者の状況把握に努めているが、
広範な範囲に点在しているため、接点がある方しか分からない。


また、自主避難は、必ずしも周囲の理解を得られるとは限らない。
福島に残る人から、何故自分だけ避難するのか、非難されることもある。
生活基盤をもち福島にいる旦那さんと意見が会わない方もいる。
二重生活で経済的にも苦しい。
二重生活に新たにかかる費用の半分は交通費だそうだ。



福島からの避難者は大きく二種類。
警戒区域内の方は、家族単位で避難される方が多く、
世帯主の方も避難先で職を探す方が多い。
一方原発から半径40-50kmの自主避難者の7-8割は母子避難。
生活を支える世帯主や母子以外の家族や知人は福島にいる。
二重生活を続けている。


精神的なすれ違いや、経済的な困窮からくる絆の崩壊を防ぐ一助になればと、
本田さんは山形⇆福島のバスを運行してきた。
行政に助成を依頼したが、
福島県は、『自主避難者は、本来福島県にいるべきもの』として、
自主避難者や、その方々を訪れる方々へのバスの支援は認めない。

福島県や山形県は『福島県が頼んだ話ではないし、前例がない』との回答だったそうだ。
山形⇆福島を走るバスは、本田さんの持ち出しと山形ボランティア隊など被災地に寄り添い、本田さんの活動を見つ続けた方々の寄付で運行してきた。
その費用がなくなり、バスの運行が厳しくなってきた。


今後もバスを継続すると共に、春からは福島の子供達を山形に連れて、
屋外で思い切り遊びバスで帰るなどの企画を現状の運行に取込んで行く予定。
ある福島の一年生は、震災以降、一度も屋外で砂場で遊んだことがない。


原発という先行き不透明な問題の中で、コミュニティの崩壊を止めたいと、
体をはっている本田さん。


どうか本田さんの活動をご覧いただき、ご協力を心からお願います。


<振込先>山形銀行 東山形支店
<口座番号>普通 870269
<口座名義人>山形ボランティア隊



ご支援のお願い - Yahoo!ブログ
http://yahoo.jp/3VLJul

福島から山形への避難者急増に関する記事
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110807_12.htm
河北新報 2011.8.7

http://mainichi.jp/area/yamagata/news/20120304ddlk06040003000c.html
毎日新聞 2012.3.4

http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1070/20120222_01.htm
河北新報 2012.2.12

http://www.yamacomi.com/2990.html
山形コミュニティ新聞 2012.3.9

ボランティア・チーム王冠(3/19・エンゼルボックスお届けなど)

本日のボランティアはエンゼルボックスのお届けなど。


午前中毛布募集で新たに確認した借り上げ避難者の方に
エンゼルボックスを届ける。

チーム王冠さんの主要メンバーとして活動している地元の女性と二人で訪問。
地元の女性が担当しているお宅だ。


ご夫婦とおばあ様の3人暮らし。

旦那様は、水産業でホヤ・ホタテの養殖のお仕事をされているが、三月下旬で
いったん仕事が終わり、七月まで仕事がなくなるとのこと。

元のご自宅は被災。
自宅の裏手の川を自衛隊の方が埋めてしまったので
雨が降ると作業場所である納屋に雨水が来てしまい、養殖業の再開が
難しくなってしまったそうだ。

そのお宅が利用していた浜は砂が堆積して船がつけられない。
今まではホタテやワカメの収穫、釣り船の案内をしていたが仕事がなくなった。
仕事再開のめどが難しく、また元の自宅が被災して再建にも費用がかかる。

奥様は、チーム王冠さんとご一緒しているボランティア団体「蓮笑」さんが紹介している
手芸の内職をてがけていらした。
伺ったときにはミサンガを2本ほど作っていらして
どうすれば素敵なデザインになるか一生懸命考えることが
とても楽しいと話してくださった。

「蓮笑」さんは作り方やどうすればよいデザインになるか
丁寧にサポートしてくださるらしい。
もともとご自身でビーズや端切れをつかった小物も趣味でつくっており
こちらも商品化するにはどう工夫すればよいか、アドバイスをいただいて
改良のアイディアを楽しそうに練っていらした。




午後は被災した倉庫を、新たに倉庫としてお借りし、利用するために掃除。


春休みで学生ボランティアがたくさん集まっていたほか
北海道・九州から社会人の方々もいらしており
本当に久しぶりに大勢のボランティアとの作業。

ボランティア・チーム王冠(3/18・毛布配布)

この日は8件のお宅に毛布を届ける。


お届け先は、チーム王冠さんが支援している方々ではなく、
河北新報に掲載した毛布募集に応募された方々。

埋もれている在宅避難者を確認するとともに、
毛布をお配りするときに状況を確認することが目的。


物資配布と考えると1日8件は、かなり少ない。
コアスタッフから、事前に「できるだけお話を伺ってください。
他人とお話をすること自体がとても貴重な機会となる方もいらっしゃいます。」
と指示を受ける。



東京から春休みを利用してきている女子大生と二人で回る。
事前にお宅に電話をしアポをとり、ご希望の時間に訪問する。


伺ったお宅には、ご家族がご無事で、世帯主の方も仕事がある方々もいらした。
しかし今回伺ったお宅の3割が世帯主の方がなくなる、または失業し収入がなかった。



元のアパートが、津波で家財道具ごと流され、借り上げアパートに一人で暮らす女性。

職がなく、1日することがなくつらいこと、仕事があることのありがたさ、
借り上げになり、元のコミュニティから離れ、近所づきあいがなくなってしまった、
元の近所の方の生活がわからないので、気軽に電話もできない、と話してくださった。

毛布の申し込みが外部との基調な接点になっていた。

次のお宅の訪問希望時間まであまり間がなく、
十分にお話をお伺いすることができなかった。
お茶を出していただく前に、辞去してしまうことが申し訳なく、
本当に後ろ髪をひかれる思いで後にする。




白い壁にまだ泥がつくご自宅に住む女性。
電源が壁からむき出しになっている。
水道水も砂交じりだそうだ。

お家に入ると泥のにおいがする。
泥のにおいと、まさかの壁の泥に、「震災後数か月の風景ではないか」と
一瞬頭が混乱してしまった。

ご主人が津波で亡くなり、ご家族だけで家の中の泥だしをしたとのこと。
借金をして生計を立て直そうとしている。
支援がない中で、出費を切り詰めて生活されている。




別の借り上げ仮設にいるお宅は、親子三代でいらした。
ご主人が津波で亡くなり、お母様の午前中だけのパート代と
漁師の息子さんの瓦礫片づけのアルバイトで生計をたてている。

元のご自宅は、家財道具ごと流され基礎しか残っていない。
ご自宅は浜の目の前で、戻り、家を再建する、漁師として再開するのは
難しいのではないかと考えていらした。




伺った8件のうち5件が借り上げ仮設の方々だった。
借り上げ仮設の方は、家がなくなり、かつ元のコミュニティから離れており、
経済的にも精神的にも厳しい方々少なくなかった。




ボランティアの私たちは傾聴と、伺った内容に応じた各種案内を渡すにとどまる。

内容をコアスタッフに引き継ぎ、彼らがヒアリングを重ね、在宅避難の方々や
借り上げ仮設の方々のサポートを進める。



借り上げアパートに一人暮らす女性のお宅は春物の布団しかなかった。
夜のミーティングで状況をコアスタッフに伝えたところ、さっそく翌日訪問したそうだ。
冬物の布団を喜ぶとともに、ずっと話を聞いてくれたコアスタッフに
涙を流しながら状況を話されていたと翌日のミーティングで伺った。


心のケア、移動支援、買い物支援、就業支援。


小さなボランティア団体が、根の深い問題に取り組んでいる。

2012年3月20日 (火)

ボランティア・チーム王冠(3/18・毛布配布)

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