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2011年11月

2011年11月12日 (土)

ボランティア・チーム王冠(10/15・牡鹿半島にストーブ配布の準備)

石巻市の渡波倉庫に朝9時30分に集合。


この日は牡鹿半島に行くことになった。



道中、山形ボランティア隊の14名の女性を
牡鹿半島の入り口付近のある場所にピストン輸送。
(私は助手席に座ってただけです)

牡蠣の種付けのために、ホタテ貝の殻の中央に穴を開けるお仕事。
海中に垂らし海中に漂うカキの卵を付着させる。
津波で流されてしまったが、再度の取組で、
山形ボランティア隊がサポートしているらしい。

山ボラ隊には
「ホタテ部長」「ホタテ穴あけ隊」がいるそう。
やっぱり山形ボラ隊は熱いなぁ。






牡鹿半島で、チーム王冠がサポートしている
自宅避難者の方々にストーブを配布する目処がたったとのことで
リーダーさん宅にお伺いし、その旨を伝え、
配布準備に必要なことをお願いにあがる。
牡鹿半島を担当している寺岡さんに同行。

※チーム王冠は、自宅避難者の方々に
 グループをつくっていただき、
 その方々に物資などを提供している。


この日は
「佐須」「蛤浜」「桃浦」「新山浜」
「鮎川浜」「狐崎浜」「竹浜」
牡鹿半島の石巻側を訪問。


いずれも被害が甚大。

佐須、桃浦などは
山側のほうに、建物の基礎だけが残る被害があり
不思議に思っていたが
津波ではなく台風12号の”山津波(土砂崩れ)”や
台風で沢が埋まってしまい、冠水被害で新たに
被害を受けたところとのこと。


しかもいずれのエリアもあまり人手がはいっていない。
道路は片付いているが、破壊されたままの住居、店舗が
並んだ街並みが続く。

鮎川浜は、牡鹿半島でもっとも大きな街だったらしいが
「壊滅」という言葉しかない状態だった。




鮎川浜で牡鹿公民館を通りすぎる。

牡鹿のボランティアセンター(VC)になっているところ。
10月15日時点は、まだ電気が通っていなかった。
トイレも仮設。
(その後電気は通っている)

牡鹿VCの「人手が足りない」とのツイートをよく見たが
鮎川浜は、牡鹿半島の先端に近い。
通うには大変な場所。人手が足りない理由も納得。
この日もVCに人影をみかけたが、頭が下がる。






リーダーさん宅にお伺いすると、
たいてい「まぁまぁお茶でも」とあげてくださり
お茶とお供をいただきながら、
用件をお伝えし、お話を伺う。


鮎川浜のリーダーさん宅は、
建築制限地域にかかっているので
建替えに踏み切れないそうだ。

決まると聞いていた方針が、一向に決まらず
つい2-3日前に、自治体職員が、測量と水没状況を
聞きに来たが、いまさらな対応の遅さに憤っていらした。


さらにつらいことに
建て替え相場が、3月より500万円あがってしまったそうだ。

時間がたつにつれ、料金の値上がりがひどい、
早く方針が決まれば、値段を抑えて建替えられたかもしれないのに
とおっしゃっていた。





狐崎浜のリーダーさんは牡蠣養殖をされている。

資材がすべて流されてしまった
種を少し取ったが、処理場が1m地盤沈下して使えない。

瓦礫撤去の仕事をしているが、漁の収入はない。

再開するには資金が必要だが
激甚災害の適用を仮に受けられても、
資材を整える4-500万円をまず自分で支払い、後日保障となる。
そもそも最初の資材購入費用を融資してくれるところがないと
仕事が再開できない、とのことだった。






牡鹿半島全体で、冬物衣類、食料(特に水)、石油ストーブの
ニーズが高い。

お伺いした自宅には、床下がはがれ、二階で生活されている方々も
いらっしゃる。

ストーブ配布の目処がたったことに
いずれも大変喜ばれる。






ストーブやお水を届けることも待ち望まれているが
お伺いすること自体、とても喜ばれているように思う。

いずれも「次はいつくるの?」と聞かれる。


チーム王冠のスタッフ、大津さん、寺岡さんは、
自宅避難者の方をエリアごとに担当していて
基本的に担当となると専従的にサポートする。

自宅避難者の立場にたち、寄り添いながら
サポートしている彼らを
自宅避難者の方は信頼し、訪問を喜んでいるように思えた。






この日のミーティングは
渡波倉庫にできた事務所で伊藤代表、大津さん、寺岡さんと
4名でミーティング。

寺岡さんが牡鹿半島の状況を伝え
王冠がサポートしていない衣類について協議。
解決策をその場で決める。



3人ともヘビースモーカーなので、
プレハブの狭い事務所で煙まみれの状態に
たまらず窓をあけてしまって、活動は終了。

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