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2011年8月

2011年8月22日 (月)

ボランティア・チーム王冠(8/21・自宅避難者お話伺い 女川町他)

午前中は石巻市まんごくはら幼稚園で
「絆ジャパン」という支援団体が主催したお祭りに顔を出す。


あいにくの小雨だったが、
子供達は元気に水鉄砲に夢中。

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にこにこ見ていると、容赦ない水鉄砲の攻撃にあう。
全力で逃げ回る。

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屋台も出ていて、本格的。
全部「絆ジャパン」さんの手配。







午後からは牡鹿半島の自宅避難者のお話伺い。

王冠スタッフと二人でまわり
民家をみつけ、住んでいる人の気配をみつけたら
お話を伺う。

女川港あたりの風景。

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この病院の1階まで津波がきたそうだ。

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地盤沈下し、道路が冠水している。

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横浦、野々浜、飯子浜、塚浜と
牡鹿半島を先端に向かって進んで行くが人の気配がない。


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時々お会いする方に話を聞くと
みな仮設住宅に入っているそうだ。

仮設住宅は、建てられる場所にたてる、という感じで
山の中?に小規模な仮設住宅が点在していた。
4世帯ぐらいの仮設住宅も少なくなかった。




先に向かって進み、
女川原発がある小屋取というところまできて
自宅にいらっしゃる方々をお見かけする。


二軒お話を伺うことができた。


1件目は、民宿を営んでいる方。
10件くらい自宅に戻っているらしい。
ライフラインは問題ないとのこと。

来月女川原発の定期検査があり、それに間に合わせて
開業したいとのことだった。

(年に2回、原発の定期検査があり、
 その時期に関係者が宿泊する。)

買い物は石巻までいくそうだ。


2件目は、旅館を営んでいる、高齢のご夫婦。
「まぁまぁお茶でも」とお茶をご馳走になった。

こちらも数軒ご自宅に戻っているそうだ。
また、女川原発の定期検査にあわせて再開したいが
大工さんがつかまらず、間に合わないだろうとおっしゃっていた。

海の目の前だが、急な階段を登った高台にある。
それでも1階が被災している。

高齢のご夫婦で、車がない。
女川から商店がなくなったが
女川町からの物資支援は、6月末にとまり
時々、近所の方に石巻までの買い物を頼んでいるそうだ。
だから、日用品の支援はとてもありがたいとおっしゃっていた。

病院も石巻まで行かなければならず、いかなくなってしまったとのこと。

ご主人は漁師さんでもあったそうだ。
近隣の若い方は、漁師が多いが、漁ができないので
漁協経由で日当がでる瓦礫拾いの仕事をしている人が多いとのこと。





続いて女川原発沿いに石巻市側に向かう。
半島の先の石巻市前網にも、人が住んでいた。

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30代男性にお話をお伺いすることができた。


前網は6-7軒戻っているとのこと。
支援が必要そうなのは、
ご老人夫婦、同じくご老人夫婦でご主人が身障者のお家、一人暮らしのおばあさんの家。
いずれも車がない。

王冠の取組を説明し、リーダーになりそうな方はいるか伺ったところ
石巻市からの物資配給の際にはその方がとりまとめをしていたそうだ。

しかし、物資配布でトラブルがあり、リーダーはやらないという。
物資配布をすると、あいつが多めにとっているとか、得をしているとか
陰口を言われるのだそうだ。

頑張っても、理不尽なねたみしかこない。

自分で買った長靴や、虫除けも全て買ったままタグをつけて使うようになった。
それでも「どこの物資からもらったのか」と聞かれるそうだ。

完全にコミュニティがこわれた、とおっしゃっていた。


さらに、この地区では、17時になると道が封鎖される。
盗難があったため、消防車で道を封鎖するようになったと。

ご自分は漁師だったが、他の仕事がみつかったそうだ。
ただ近隣の方は、漁協を通じた瓦礫撤去のアルバイトをしている。
(1世帯につき一人だけ参加できる)

周りは生活の不安もあるだろうから、
毎日瓦礫撤去で人が集まるので
話をきくといいかもしれない、とアドバイスをいただいた。




「お金」にかかわることは、本当に生々しい感情がむき出しででてくる。





さらに、先に進み、石巻市寄磯浜へ。

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意外と多くの民家があることに驚き。

小学校近くの高台の家にお伺いすると、
ここでも「お茶でも」とお誘いをいただいた。

なんと寄磯浜には100軒近い民家があるそう。
うち5-60軒が自宅に戻っているそうだ。

近くの小学校・避難所には30人ほどいらっしゃる。
仮設住宅の建設は進んでいるが、家電製品が入っていないので
まだ入居していないそう。

こちらのご自宅は高台にあるため、
家屋の被災は免れたそうだ。
ただ海側にある納屋(こちらの方は倉庫という)が被災。
こちらの地域はお米を1年分もつ習慣があるが、
全て流されたそうだ。またお米が手に入らないと。

ライフラインは問題ないが電話はまだ通じない。

移動販売が週2回くるが
買い物は石巻市街までになり、1日がかりになる。

こちらでもリーダーになりそうな方を伺ったところ
区長さんを通したほうがいいだろうとご紹介いただく。

ただ、ここでも物資支援をトラブルで打ち切った経緯があるそうだ。


お夕飯までふるまっていただきそうな勢いだったが、辞去。




色々宿題を抱えながら、この日は終了。

ボランティア・チーム王冠(8/20・東松島市元気フェスタ 他)

朝8時30分に、扇風機270台の受取り。


扇風機プロジェクトを実施されていた
平島さんという方が、ふんばろう東日本支援プロジェクトと共同購入し
平嶋さんの友人である寺岡さんに配布を託したものとのこと。

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このプロジェクト、扇風機購入の支援について
知人の分とあわせ私も少し協力させていただいた。



たまたま受け取る場に立ち会えて不思議な感じ。
が、朝6時30分に大河原をでて、受け取る役目をするとは(笑)

せっかくなので配布までやりたかったのだが、残念。


翌日配布をされた担当された方から、
その日は雨で、かなり肌寒い天気だったにもかかわらず
扇風機はとても喜ばれたと聞いた。






その後は東松島市の元気フェスタへ。


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ボランティアさんへの感謝と東松島市の子供達の元気を祈念するお祭り。
また、出店の売上は一部または全額が、市を通じて寄付になるとのこと。


(こどもだけがのれるインディーカー)

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王冠は、出店を通じて東松島市の自宅避難者の方々の
お話を伺う場としたかったらしい。

王冠で東松島市を担当されている女性、
同じく東松島市の女子大学生、
王冠のボランティア常連の方を通じて参加した社会人の女性、
同じくお知り合いの仙台の男性と
王冠のスタッフとで参加。


お菓子と飲み物の無料配布をした。

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大盛況だったが、話の場とはならず、本来の目的は達成できなかった。
残念~


元気フェスタは大盛況でした。

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ブルーインパルス。
例年は東松島市の航空自衛隊から飛ぶらしいが
被災したため、今年は三沢からきたとのこと。

ブルーインパルスの足跡・・・・

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大輪の花火を後ろに見ながら、一足先に撤収。


帰りに、ブースを手伝ってくれた自宅避難者の大学生の
お宅を急遽寄らせていただく。

業者さんに応急処置をしていただき
ボランティアさんの協力で床下の泥だしをし、
あとはお母様と大学生のお二人で、一生懸命、部屋にある泥を根こそぎだしたそうだ。
壁もお二人で何度も何度も何度もふいたとのこと。

少しでも残っているとヘドロの匂いが部屋に漂うので
本当に苦労されたと。


でも、結局はある程度は全取替えしないといけないらしい。

白い壁がみえて、リビングは綺麗に片付いていたが、
普通の生活に戻るには、まだまだ時間がかるだろう。。。



石巻渡波倉庫に戻り、片づけをしてから、大河原へ。
この日はお風呂間に合わず。

夕飯は、東京からきている常連のボランティアさんにお誘いいただいて
近所の焼肉屋さんで王冠の物資仕分け隊の方々と食事。
元気な女性陣たち。


明日もあるので、満腹になったところで、中座。
この日は終了。

ボランティア・チーム王冠(8/19・自宅避難者お話伺い 他)


支援している自宅避難者に状況を伺う


石巻市大街道
1ヶ月前に初めて物資支援にお伺いしたリーダーさん宅。

まだまだ工事中だが、1ヶ月前と比較して
内装工事が入り、少しずつご自宅が整えられている。


石巻市では自宅避難者の方に物資配給をしているが
要望したものが届かない場合もあるらしく現状をうかがう。


注文するのは、お水、お茶、ご飯、お味噌汁など。
お水は一人1-2本しかとどかず、融通しあっているとのこと。
バスタオルは届かなかったそうだ。



今後の物資支援継続に不安をもっていらした。




河北新報に在宅被災者への食糧支援記事が掲載されたが
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110804_01.htm

経費1000万円超という箇所が、クローズアップされ
配給要望が半減したという。

またこの市からの支援は、大手配送業者が配送業務を受託して行っているが
配達にきた人から、「畳が入ったから、もう大丈夫でしょ」と言われ
注文するのに躊躇しはじめたそうだ。




商店の再開が、支援打切の理由の1つになっているが
職を失い、収入を失った人たちは
まわりに商店があろうがなかろうが、買うお金がない。

買い物弱者ではなく、生活弱者に対するサポート。
難しい問題。



この日は曇りで肌寒い日だった。
これから寒くなると、布団、毛布、ストーブ、コタツが必要になるが
今物資支援が打ち切られると、どうなるか不安だとおっしゃっていた。





向かいの家は、取り壊しがはじまっていた。
ただその左手の貸家はそのまま。
大家さんが亡くなり、対応ができないそうだ。

(1ヶ月前)

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(8/19)

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この後は明日参加する、東松島市元気フェスタの準備。
配布物や、台などを石巻市から東松島市に往復して搬入。





と、緊急地震速報。
この後津波警報も出たらしいが、別の方からのメールで知った。
「放送」もなっていたが、よく聞こえない。
何事もなかったが、津波警報が届かないってこわいな・・・




この日、被災したセブンイレブン石巻渡波店がオープン!

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ところが丁度立ち寄ったときに津波警報がでていたので
一時お店を閉めて入れなかった。
被災したお店だからか、安全に配慮している模様。





夜、東松島市のあるお宅にお伺い。

先月東松島市を訪問し、支援を始めたグループのご近所の方。

王冠の支援では、リーダーさんをきめていただき
リーダーさんがとりまとめた申請世帯分の物資を支援する。


このグループのリーダーさんは、自治体の班長さん。


この日お話を伺った方は、王冠の支援を知らず、
問い合わせをいただいた。


その方がおっしゃるには、
たまたたま今年班長さんになったから、リーダーになったが
あまりご近所付き合いをしない方。
お声がけの範囲が狭いとのこと。

その方は、やはり1階が被災し、2階に住んでいる。
カセットコンロ1つで食事をつくり、
今まで救援物資は1度ももらったことがないとのこと。

水は毎月買っている。
ご主人は運送業で職はあるものの、福島の品物を運ぶ仕事のため、
いつ風評被害で仕事がなくなるか不安とのことだった。

まずはリーダーさんに王冠から話をし
グループづくりをどうするか相談する、ということになった。




今回、自宅避難者の方は徐々に自宅の修繕をはじめているが
応急処置が多く、大工さん待ちという話を多く聞いた。
また、残念ながら高額な業者さんにあたってしまうという場合も。

このお宅では5月に契約して8月下旬にクロスはりができたとのこと。
しかしその先の修繕は年内に着手できないのでは、とのことだった。



震災から5ヶ月たって、色々な問題が顕在化している。

2011年8月15日 (月)

ボランティア・チーム王冠(その他いろいろ)



写真いろいろ



作業トラック


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石巻市 沿岸地域

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石巻市 自衛隊がれき置き場

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ボランティア・チーム王冠(7/26・自宅避難者お話伺い 石巻市)

7/26午後は、石巻市に戻り、チーム王冠がサポートしている方に
状況伺いに行く。


石巻市の門脇。Sさん。
復旧工事中のささかま工場の近く。

ご夫婦が揃ってご自宅にいらした。
ここでも「あがってお茶でも」とお声がけいただく。


おとうさんは、漁師さん。
港の瓦礫が片付かないため、漁ができずに失業中。

被災したときのお話をしてくださった。
当日は、ご夫婦別々のところにいらしたそうだ。


おとうさんは、ご自身のお母さんを助けに向かったそうだ。

高台に連れて行くのに、お母さんともども津波に飲まれ、
ものすごい勢いで体が流された。
水に巻き込まれたお母さんの体がすごく重く感じ、
お母さんの手を離すか?という迷いを
自分の母親の手を離すわけにはいかない、
という思いで打ち消しながら、津波にながされたそうだ。


おかあさんは、車で逃げたが、あっというまに車ごと
津波にながされた。
幸い、車のドアが壊れてくれたので、なんとか逃げられたそうだ。

高台に上り、ふりかえると、すぐ後ろで
車ごと波に流された人たちをたくさん見てしまったそうだ。
町は車の渋滞がひどく、そこに津波がきて、流されてしまったと。


二日間、互いに連絡がとれず、もうだめかと思ったが
自宅で無事再開できた。


でも避難も大変だったが、その後が地獄だったと。


近所の学校・避難所に向かったが、2000人もいて
横になれない。
着のみ着のままの状態で、食糧支給もない状態が3日間続いた。
3日後には小指大くらいのおにぎりが、ようやく支給。

先が見えない状況に、自宅に戻った
近所のおじいちゃんが自殺したりしたそうだ。


避難所にいられなくなり、自宅に戻っても
道路が片付かず、立地的に埋もれた家になっていたそう。

最初に自分達をみつけ、支援してくれたのが、
チーム王冠だったと。

何をするにもお金がいる。
先が見えない中で、支援をしてくれたことに、感謝をのべていた。

おかあさんは、被災前はスナックにつとめていたそうで、
お写真をみせていただいたが、ふっくらしていた。

被災後20kgもやせてしまい、お会いしたときは素顔だった。

次に津波がきたら、生き延びる気力がわかないだろうとおっしゃっていた。

1時間くらいお話を伺って、辞去。




続いて大街道のSさん。

石巻市から物資リストに記入した物資がまったく届かないと
怒っていた。
何度か続いているとのこと。

状況だけうかがう。




3件目は、石巻界隈では一部有名な「美浦旅館」さん。

ここでも「まぁ、あがってあがって」。

津波で被災した旅館。
写真のとおり、人が住めない状態。

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旅館では大きな犬を飼っていて、避難所に入れない。
石巻市からのサポートもなく
このためこのご家族は、この旅館にテントをはって、暮らしているのだ。

拾い犬のキクちゃん。
建物内にいるのがご主人。

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投げた積み木をとってくるのが大好き。1万回でもやる。

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この地域は立替ができないらしく
山形ボランティア隊などのボランティアの力をかりながら、旅館の修繕をしていた。
この日は東京外語大の大学生が二人きていた。


ご夫婦が底抜けに明るい人で、
またおとうさんが、まんがのキャラクターになるくらい、
お顔も性格もキャラがたっている豪快な方だ。

被災当時の話も、内容は壮絶なのに、
からっと話される。


もともとこの旅館、いわゆるドカタの方々が泊る、
内鍵なぞない、そういう感じの旅館だったそうだ。

ご主人は、
復旧作業を通じて、今までつきあったことのない
学生やボランティア、王冠のような人と接点がもてたことが
とても嬉しい、とおっしゃっていた。

ちなみにボクシングが大好きで、話し出すととまらないらしい。




最後に大街道のAさん。

水道から油がでる、と伺っていたが、状況が変わらないとのこと。

こちらも市からの物資配給1回目だったからか、頼んだ物資が
まともに届かないとのことだった。

物自体がとどかない、ということもそうだが
オムツ3と記入したところ、3パックではなく、バラのおむつが3シートと届いたそうだ。

誰だ、そんなバカは・・・
冗談としか思えない。


ヒアリングはこれで終了。

急遽、スタッフが、代表伊藤さんに相談し、水道から油がでるというAさんのグループに
世帯分のお水を届けることにした。

少なくないお水を車に積んだが、
物資を運ぶ作業のほうが、気持ちが何倍も楽だ。


チーム王冠は背負うものが大きすぎる。
手をとめれば、誰かの生活に直結するからやめられないのだろう。

本当に頭が下がる活動です。


ボランティア・チーム王冠(7/26・自宅避難者お話伺い 東松島市)

この日の午前中も東松島市で自宅避難者のお話を伺う。



王冠スタッフと2人でまわる。
洗濯物が干してあるご自宅に、あたりをつけて声をかける。

王冠スタッフのお声がけが真摯だったのか、
「あがってお茶でも」と。


おじいさんと二人暮らしのおばあちゃんからお話を伺う。


泥かきはおわり、畳も親戚の協力で新しいものに入れ替えたそうだ。
家の中はだいぶ片付いている。


でも内部外部の損壊はひと目でわかる。
ご自宅の玄関の上まで津波のあとが残っている。


おばあちゃんは、自宅に戻りたくなかったそうだ。
汚れた家を見たくない。
おじいさんがどうしても家に戻りたいので、やむなくついてきた。


たんすの中のものが、押入れらしきところに山積みになっていた。
片付ける気力が起きないそうだ。
津波の後をそのまま残しているのも、
まだ、ここに住み続ける気持ちがおきないから、と。


それでも、ボランティアの方とお話するのは楽しいらしく
作業に訪れた方からいただいた手紙を見せてくださったり、
当時(個人のボランティアが、直接訪問されたらしい)の話を
してくださった。


また、311の日、裏の山に逃げたそうだが
津波に巻き込まれることもなく、
人が巻き込まれるところも見なかったそうだ。

これだけが救いで、気持ちを保つことができるともおっしゃっていた。



現状をたずねると
週2回スーパーの出張販売が来るので氷やアイスは買える。
でも近所のお店は被災してなくなったので、買い物は矢本までいっている。

車がない(!!!)


義援金45万円が入ったので、洗濯機、冷蔵庫を買ったが
テレビとお風呂はまだ買えない。
先の見通しが立たないのでお金が使えない、とのことだった。


王冠の取組をお伝えすると、
お水やカップラーメンはとてもありがたく、
特にお水は、重いのでとても助かるとのこと。


近所の方の動向もよくご存知で、
すぐに近所をまわって、王冠を紹介がてら、すぐに名簿をつくってくださった。


2時間近くお話を伺ったので
東松島市は、午前中この1件で終了。

ボランティア・チーム王冠(7/25・自宅避難者お話伺い 東松島市)

7/25 東松島市で自宅避難者のお話を伺う。




物資配布前・配布時の”御用聞き”と並んで
チーム王冠の活動の凄さを感じる活動だと思う。

この日や次の日は正直、気持ち的にキツイ日だった。
消化できず、ツイッターに書けなかった内容も多い。



午前中 東松島市。

待ち合わせの野蒜駅周辺。

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時計が14時46分でとまっている。

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写真はとらなかったが、
野蒜駅には、津波がきたときの避難場所が掲示されていて
1箇所は駅から海側だった・・・

周囲は波に抉り取られたような、家屋。

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野蒜~新東名付近のコンビニや商店は軒並み全壊。

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週2回、移動販売が来るほかは、
買い物は矢本まででているそうだ。

私達も、お昼や休憩は、鳴瀬側をわたり、車で15分程度先のミニストップまで
足を運ばねばならなかった。



新東名付近で自宅を片付けているボランティアを2団体みかけた。

山形学院高等学校。バス一台で参加。
土日作業するのだそうだ。

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水をかぶった外国人の先生とすれ違ったが、
「大汗です~」とお茶目な方。


もう一組は東京のNPO。拠点は仙台。
このために、いらしてくださった韓国の大学生達が
10人くらいいらしていた。
2tトラックにお水も用意し福島まで配りながら行くそうだ。

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ちなみにお昼休憩のときにお声がけをしたのだが、
白握り飯に、コチュジャンをかけて食べていた。
塩むすびじゃ、味、物足りないよね。。。



東京のNPOに作業をお願いしているご主人にお話を
お伺いすることができた。


東名運河より海側は、居住が認められなくなったそうだ。
(海側の風景。保育所もある。。。)

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運河より山側は、道路をかさ上げし、防波堤をつくる予定になっているが
9月に自治体の居住方針が出るので、それまで様子見をせざるを得ないそう。
だから山側の方は、9月以降に人が戻ってくるだろう、とのこと。

ご自身は今月に退職されたので、ボランティアの協力を得ながら
(山側にあるが)自宅の修理をされているそう。
ご家族は別の場所にいる。


野蒜~新東名付近は、
あまりヒト気もなく、波に抉り取られたような家屋が
そのままに近い姿で並んでいたのは
自治体の方針待ちのようだ。




この日の活動の本題。

チーム王冠は、石巻市を中心に活動をしているが、
活動をなんらかの方法で知り、SOSを出される他市のも自宅避難者もいるという。

東松島市はその1つで、支援がはじまったばかりの地域。

東松島市も、自宅避難者に物資・食糧支援がない。
1次金の3万円のみ。


チーム王冠から支援を受けている東松島市の女性が、
ご自分が東松島市の自宅避難者の支援を行いたい、との申し出があり
その方を「チーム王冠・東松島支部」のような形で運営支援することになったそうだ。


まずすることが、「自宅避難者を探し出す」こと。
自宅避難者は、リストなどで用意されているわけではない。



王冠は、この作業を「捜索」と呼ぶ。


言葉に違和感があるが、
実際にはたしかにそうだ。


冒頭、東松島市の女性の心当たり3件にヒアリング。

支援はグループをつくって行うので、
地域のリーダー的な方にあたりをつけたようだ。

伺った3名とも現状はもう問題ないとのお話。

ライフラインも物資も十分とのこと。

商店はなくなってしまったが、
皆車があるから買い物にも不自由しない。

そもそも困る人は仮設や親戚にいるとのこと。


そんなものなのかな?と思いながら、午前中終了。



午後からは、ご自宅に洗濯物を干している方や道を歩く方にヒアリング。

東東名地区、牛網地区で
3軒あたったところ、いずれも困っているとの話。

ライフラインはとおったが、水が飲めない。
煮炊きに使えない。

ご飯を一度も炊いていない方も。

水を買うが、仕事もなくお金がない。水がほしいとの声。


またここでも、自宅避難者と避難所の支援物資の格差を聞く。

避難所や仮設住宅では物資が支給されるし、
仮設住宅では家電六点セットももらえる。

自宅避難者は、全て自分で手配しなければならない。

トイレットペーパーの支給をお願いしにいったら、
避難所で余っていればもらえるけど、
基本は避難所のものだからと断られた、と。

乳児用の粉ミルクも断られた方もいたそうだ。


王冠の取組をスタッフからご説明すると、
水の支給に助かる、との声が多かったが
なにより、ようやく自分達にも必要なものが支援される!と
喜んでいらした。




各地区でリーダーになってくださる方がおり
2名の方にチーム名簿作成をお願いすることができた。

ボランティア・チーム王冠(7/24・自宅避難者お話伺い 石巻市)

ボランティア・チーム王冠(7/24・自宅避難者にお話を伺う 石巻市)


物資配布の合間をぬって、
まだ配布に回っていないエリアの
自宅避難者に対し、状況のヒアリングをする。



大街道エリアの自宅避難者。

2世帯で住んでいるらしいご家族のおじいちゃん(といってもお若い)が
お話を聞かせてくださる。


こちらには石巻市から毎日お弁当がでていた。

グループをつくり、ある一定以上の人数を集めると「お弁当」支給対象となる。
しかし、このグループづくりが難しいそうだ。


どこの家を声をかけるか。


自宅避難の家と避難所に入った家に断絶がうまれ、コミュニティが壊れた。
自治体・子ども会がなくなった。


自分が声をかけられる範囲が「グループ」となる。


別のグループでは、隣の家のおばあちゃんだけが
弁当配給を知らなかったということもあったそうだ。



自宅避難者と避難所との支援物資格差の話。

お話を伺ったお家の隣は、避難所となっている小学校。
隣の避難所にはある支援物資、トイレットペーパー1つもらえなかったそうだ。


収入の不安の話。

おじいちゃん、息子さんとも漁師。

おじいちゃんは、漁に出られないので「時給」の仕事をしている。
※漁師は漁協経由で、瓦礫撤去の仕事が斡旋されており規定の日給がでる。

息子さんは漁の準備をしている。
しかし、風評被害でいつ漁に出られなくなるか不安。





今回、
自宅避難者の方からみた避難所との物資・情報格差を
何度も耳にすることになった。



夕方、物資をはじめて配布した石巻市不動町のリーダーさん。

リーダーさんはご自宅が全壊したため、別地区から引っ越してきた方。
まわりは知らない方ばかり。
今回物資支援のグループづくりを通じて、ご近所にお声がけをしたそうだ。


この方は自宅避難者なので、物資の配布がない。
また市からの情報が届いていないことが分かる。


市からの情報は
「市役所の掲示板」「避難所の掲示板」と「一部コンビニでの配布」
で届けられる。

自宅避難者に情報を届けるラインがない。。。


チーム王冠では、自宅避難者に役に立つ情報を
物資配布のときに、お伝えしているそうだ。



至らぬ仕組みの隙間を埋める仕事。
だから、市役所の方にも認知されているのだろう。

作業の合間に、あるグループのリーダーさんから
市から配給されるお弁当を受け取る人数を一人増やしたいと
スタッフの方に電話があった。

市役所に連絡しても、要領を得ないとのこと。

スタッフの方が、かわりに市役所の担当の方に電話をして
話をつけていた。




この日の最後の仕事に
別のリーダーさん宅に、名簿の作成状況をお伺いにいく。

たまたまこの年、自治会の班長をしていたので
ご自分の役割だろうと、リーダーを引き受けてくださった女性。

しかし自治会単位でとりまとめようとすると、
自宅避難者と避難所に入っている方が混在しており
「どこまでを支援対象とするか」と悩んでいらした。

地域だからこその難しさ。

通常のビジネスと違って、割り切れないことがたくさんある。


基本はリーダーさんに配布対象者のとりまとめをおまかせしている。
根気よくお話をお伺いしながら、名簿作成は次回まで待つことになった。

リーダーさんの悩みや気苦労が、話の堂々巡りになり、30分以上
グループづくりの難しさを伺うことになった。

少々気疲れした1日。


しかし翌日は、もっと気持ちが疲れる1日になる。。。

2011年8月14日 (日)

ボランティア・チーム王冠(7/24・物資配布のお手伝い)

ボランティア・チーム王冠(7/24・物資配布のお手伝い)


この日はエンゼルボックスと物資配布。

午前中、チーム王冠拠点の凛家で
100個ほどのエンゼルボックスを二台の軽バンに積む。

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「ふじみようちえん」さんからの真っ白いエンゼルボックスが
かわいらしい。


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午前中は石巻市大街道地区の複数のご自宅に約80ほどの
エンゼルボックスをお届け。

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石巻市では、市が配布対象地区と認め、ある一定数の自宅避難者が集まると
「お弁当」が1日二回、配給される。
朝・昼はパンかおにぎり。夜は弁当。


朝・昼用のパン。別のご自宅ではランチパックを見かけた。

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大量配布や日中配布などの衛生面の観点から
こういうパンでも仕方ないのかもしれない。

支給されるだけ、ありがたいのだろうが
せめて惣菜パンとかにならないものか・・・

パン会社の方は現場をご覧になっているだろうか?




途中通過した石巻市中央付近の風景。
4月にapbank×ピースボートで 泥かきに参加させていただいたあたり。

すっかり綺麗になっている。

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おなじみのapbank×ピースボートバスを渡波付近で発見。
継続したNPOや支援団体の活動が、街を着実に綺麗にしている。

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近隣にはホーマックの仮設営業スタートの案内。

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お昼
いつもはコンビニごはんだが、この日は、すこし贅沢に。
王冠スタッフお二人の方がたまには!ということで。

味処 味楽
http://www.jalan.net/kankou/040000/040800/spt_guide000000175576/

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被災をされたが、いちはやい復興をされたそうだ。
震災を通じチーム王冠の方々と親交が深そう。

ノンアルコールビールをご馳走してくださった。

ボリュームも多く、ねたも新鮮で、美味しい!

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ジャンケンに負けて、自分以外の3人分の食事代をもったことはご愛嬌・・・







午後は、初めて物資を受取るグループを訪問。

石巻市八幡町。湊地区。
4グループ202世帯分。


石巻市の渡波倉庫で
4tトラックにお水、アルファ米、カップラーメン、缶詰の4点セットと
アースノーマット、お醤油を積み込む。

202世帯用・202ケースのお水積込み!

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一箇所目は港地区。87世帯のグループ。
地域の方、20人くらいの方が受取りに待っていらした。

87ケースのお水も皆で積み下ろし。
10名位のバケツリレー、皆の力が一つになって、汗だくだけど、爽やかな空気。

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続いて石巻市八幡町。
ここでも、お水と、お醤油が喜ばれる。

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最後に朝の軽バンに戻り、
石巻市水押地区にエンゼルボックスを20個お届け。

グループリーダーさんのお子さんたちがお手伝いしてくれた。
嬉しそうに運んでくれる。





石巻市の「自宅」風景。ほんの一例。

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破壊された家と、洗濯物やカーテンなどの暮らしを感じる風景。

何度みても複雑な気持ちになる。

ボランティア・チーム王冠(7/23・物資配布のお手伝い)

7月23日 物資配布のお手伝い

石巻市大街道と周辺地区
54世帯・約280人分の物資配布

山形ボランティア隊とご一緒。


アルファ米、カップラーメン、缶詰、お水
の定番4点に加え
お醤油、アースノーマットを世帯分配布。


お水は1人1箱。
内訳は2リットル入りペットボトル6本入り

これらを4トントラックに4人で手作業で積み込む。

水の重さで、トラックが傾いている・・・

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この日は曇りで涼しい、肌寒いくらいの気候だったが
どのグループでもお水が大変に喜ばれる。


大街道の自宅避難されているご自宅は
外観からも被災をはっきりと確認できる。


最初にお伺いしたグループの
おばあちゃん。


「支援を待てないので、家の中をおじいさんが
 自分で板を買ってきて治している。
 外から見ても、それほど分からないかもしれないけど
 内側はひどいのよ。」

「お金ないけどね・・・」

「でも治してもどこまでやるか。
 ここはもうダメかもしれないしね・・・」



今回は4点セットに加え、
醤油とアースノーマットをお配りしたが
醤油が大変喜ばれた。

夜のMTGで他エリアでも、醤油が喜ばれる声が聞こえたとのこと。

生活の改善の兆しかもしれないと、
チーム王冠の代表・伊藤さんがおっしゃっていた。




大街道のあるエリア。
物資をお届けしたご自宅の向かい。


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