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2019年7月15日 (月)

復興まちづくりシンポジウム 「第13回専門家と共に考える災害への備え」 ~被災者に寄り添った支援方策を考える~(2019/7/12)

復興まちづくりシンポジウム
「第13回専門家と共に考える災害への備え」~被災者に寄り添った支援方策を考える~
http://niben.jp/news/ippan/2019/190607112259.html

 

今後もおきるだろう大規模災害に備える支援の在り方を検討していく中で
依然として支援が受けられない被災者がいること、
また被災者によりそった支援方策はなにか、
何が課題かということがについてを考える場として
専門家によるリレー報告と
東京都で被災地支援をされている社会福祉士の佐藤さん、
災害まちづくり復興支援機構の山本さんをまじえた
パネルディスカッションが行われました。

 

リレー報告で登壇した専門家3名ともお話を伺いたい方々だったので聴講しました。
(3人とも存じ上げている方なのですが、
 そろってお話を聞く機会があるとは・・・・とちょっとした驚きでもありました。)

 

 

東日本大震災の在宅被災者の支援活動をしているチーム王冠の伊藤さんからは

 「在宅被災者」が生まれた背景
   物理的、様々な理由で避難所に入ることができない人が現実にいたのに
   避難所に入れなければ「被災者」として認められず、
   その後の支援からこぼれおちる存在が「マイノリティ」ではない規模でいること

  いまだ”困窮”している被災者がいること
   住宅被害が大きい人ほど損失が大きいと考えられてきたこれまでの被災者支援と、
   住宅は残ったかもしれないが、被災により生活の困窮が顕在化し、
   あるべき支援とのギャップがでてきたこと
 
  罹災証明をスタートとする支援制度について、
   罹災証明は必要だと思うが片手落ち、実情にあっていないのではないかということ

 

チーム王冠の被災者支援活動を専門家として支援している津久井弁護士からは
  専門家が被災地に入るということはどういことなのか、
  東日本大震災まではわかっていなかったということ
  被災地での法律相談や支援活動を通じた結果、
  現在の施策では生活再建支援に課題があること
  出口施策としての「災害ケースマネジメント」という支援方策の提唱していること

  支援方策を行うためには「被災者台帳」が必要であり、
  これを作成するために最初の一歩として「被災者に話を聞く」こと重要であること、

 

防災科学研究所の林先生からは
  大規模災害が起きるたびに同じ課題が繰り返される。
  しかし少しでも仕組みをよくする、最初にソリューションをつくる、
  そのソリューションを効率的なものにする、ことが大切であること

  寄り添いは大事な視点。
  だが事実として「非対称性」があり、
  被災者ニーズは救援資源に比べて圧倒的に多いこと、
  また、評判は悪いが、「罹災証明」が自治体が最初に被災者に向き合うものであり
  被災者に納得はないが、
  それでも被災者に納得してもらうための判定を公正公平迅速に行うために
  「被災者生活再建支援システム」を検討、導入推進してきたこと

  「罹災証明」は、居宅の被害確認と認定だが、半壊以上を選び出したいわけではなく、
  「一人ひとりの被害状況を把握したい」ものであること

というお話がありました。

 


リレー報告やパネルディスカッションを通じ繰り返しでてきた
キーワードがいくつかありました。
私なりの理解ですが、支援のゴール?からさかのぼった順です。

 

「災害ケースマネジメント」「被災者台帳」

  「災害ケースマネジメント」とは
  住宅の被害のみで判断するのではなく、生活基盤全体の被害状況を把握し、
  実情に応じた個別の支援策を作成するものです。

  津久井先生は「介護保険の被災者版をつくるイメージ」とご説明されていましたが
  住宅の損壊判定だけでは不十分であり
  生活基盤全体の被害状況を把握し、複数の施策を個別にパッケージング、
  様々な関係者(行政、専門家、市民活動団体など)が必要な分野の支援を行うもの。

  「災害ケースマネジメント」を行うためには一人ひとりの状況を把握する必要があり
  その方の過去の状況、現在の状況、いまある環境と結びつけた
  支援の実績 ニーズとサービス履歴が一覧できるカルテ「被災者台帳」が必要である。

 

「被災者の生の声をきくこと」

  被災者の困窮を顕在化させること
  -あるべき支援を行うために被災者の状況把握が必要だから。

  また「被災者の生の声をきくことは立法事実につながる」こと。
  災害のダメージは多種多様であり、
  震災後に相談を受けたが当時は答えられなかった相談が多数あった。
  しかし被災者の実情に立ち返り、活動を続けることにより、
  支援制度、減免措置などがうまれてきたとのこと。


  一方で被害による困窮度を顕在化するのは短期間で実施するのは非常に難しく
  被災者一人一人に寄り添い話を聞き続ける活動が必要であること

  被災者に対し、行政や市民活動家の活動だけでは限界があり
  また専門家だけではその困難を顕在化することに限界がある。
  それぞれ連携・サポートすることが必要であり、そのための共通情報が必要であること。

 

「被災者支援の内側(行政側)を強化すること」

  行政は被災者台帳を作成する
  被災者台帳がないとできないのであれば、
  被災者支援の内側(行政側)を強化する必要がある。

  そうはいっても行政のマンパワー不足は自明。
  被災地の自治体は詐欺・たかりを気にしている。ものすごい量の売り込みもある。
  見ず知らずの人たちを大勢応対する必要がある

  行政で使う仕組みを少しでもよくする。
  最初にソリューションをつくる。そのソリューションを効率的なものにする。

  また外からのリソースが、しかるべきタイミングで活用できるようにする必要がある
  官民連携も必要。
  ただし災害おきたときにすぐに活用することは無理。平素から連携することが大切。

 


・・・・・

今回のシンポジウムは、主催「災害復興まちづくり支援機構」、共済「東京都」でした。

 

主催の「災害復興まちづくり支援機構」は弁護士をはじめとした士業の方々で構成・運営されています。


チーム王冠の伊藤さんは、大規模災害で被災したにもかかわらず
法律により被災者として認められなかった方々を顕在化し、支援する活動をされています。

弁護士の津久井先生は、東日本大震災における被災者支援の課題に対し、
出口政策としての「災害ケースマネジメント」の提言などの活動をされています。

 

一方、防災科学技術研究所の林先生は
東京都の「被災者生活再建視線システム利用協議会」のアドバイザーをされており
流れ的に東京都-行政側を代表した登壇者という印象がありました。


林先生もリレー報告の冒頭で、
伊藤さん、津久井先生のリレー報告のあとに自分を登壇させたということは
東京都は行政に対する課題・文句を私がサポートすることを期待させて呼んだんだな、
というようなことを冗談めかしてお話していました。

 

しかし、報告、パネルディスカッションを通じて登壇者の方々が話されたことは

一人ひとりの被災状況を把握し支援プログラムをつくることが重要であること
従来であれば罹災証明でランキングされていたが、
被災者台帳の運営により適切な支援を届けることができる可能性があること
台帳を活用するチーム、体制ができはじめていること


一方で行政のマンパワー不足や専門家が日常でもたりないこと
合理的効果的に行政・専門家が運用するには行政課題でもあり支援機構側も考えること


など、被災者支援のためのあるべき姿について、同じゴールを共有してお話されている印象を受けました。
あるところに結実するような感じも受けて、実は貴重な場に居合わせたのはないかと思っています。

2015年12月20日 (日)

ボランティア活動-石巻漁業支援&近況伺い(10/10-11)

3か月ぶりの活動。2日間のお手伝いでした。



1日目は牡鹿半島のとある浜でホタテ養殖準備のお手伝い。


チーム王冠は継続してサポートしてきたところですが、私は初めての場所です。
天気もよく風も穏やかで絶好のお手伝い日和です。

長期ボランティアで広島からいらした女性とご一緒でした。



本日の作業は
ホタテの稚貝をつけるための
一本の長いロープにプラスチックのピンを刺していく作業です。


ロープにピンを刺すための機械(工具)があって、
ロープとピンを所定のところにおき、所定の操作をすると
ピンが綺麗にロープにささっていきます。


ピンがささったロープを輪をつくるように束にし、10本終わると
それをまたひとまとめにして、ロープ用の巨大なオケに置く。。。。


ひたすらピン刺しですが、座り仕事で、また風も気持ちよく
女性二人おしゃべりしながらだといくらでもできちゃう作業です。



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お手伝いにいった浜は元は集落があった浜でしたが
震災で一軒だけ家屋を残して、他はなくなっていました。
道路から浜に向かって歩くと、家の土台が残る更地が続いています。



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お昼休みに海を除くと、テトラポットにウニがあちこちいて
(とりたいけど、ぐっとガマン)

豊かな漁場なんだなぁ、と思ったものですが、
人気もなく静かな雰囲気でした。









2日目は在宅被災の方々の近況伺いです。




昨日と同様、広島からいらした長期ボランティアの女性とご一緒です。



9月にチーム王冠のメンバーとボランティアで
しばらく足を運んでいなかった東松島市でアセスメント調査を行っています。


この時のアセスメント調査で、
気になるコメントがあった御宅のアフターフォローです。




気になる状況(健康、経済、仕事、家族のことなど)について
その後の対応やお体の状況などを聞いて、内容により
公共、弁護士などへのご案内要望を伺います。



二重ローンを解消するめどがたたない、
高齢介護、
支援金の仕組みが難しくて申請したかもわからない、
震災で体調を崩し、仕事を変えざるをえず収入が変わった・・・
色々な話がでてきます。



広島からいらした女性は9月のアセスメント調査にも携わっていました。


広島から自家用車で石巻に足を運んでいらっしゃって
その方の自家用車で回るのですが、広島ナンバーをみると
訪問されたお宅の方は一様に驚かれます。



また、リタイアされていますが、元の職業柄なのか、
ついこの人になら話してしまう・・・という空気があります。

特に年配の男性は、最初は警戒していた方でも、また最初から
ご自身の状況や困ったこと、あの時のことなどをとうとうと話してくださいます。






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写真は旧野蒜駅。
写真中央の高架のように見えるのは高台に新設された新野蒜駅。

旧野蒜駅は浸水エリアです。

新野蒜駅が高台移転が行われるエリアで、新しい街づくりが行われます。




しかし同じように被災しても
災害区域に指定有無で高台移転ができるところ、できないところがあります。


大人の足で旧野蒜駅から新野蒜駅まで歩いて40分かかるとのこと。

家屋が残り従来エリアで生活を続ける方々は、
新しい街づくりとの折り合いが難しいところがあるようです。

2015年7月19日 (日)

(番外編)在宅被災者支援考えるシンポジウム-資料作成

今回の石巻入りは、新しく開通した仙石線で!


車内アナウンスは、日本語多言語のバイリンガル。

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外国の方も、石巻女川においでませ、の意気込みなんですね。

その後、久しぶりにボランティア仲間の杉崎ご夫婦と、
「かき小屋渡波」にお邪魔しました。
やっぱり、かき小屋で食べる牡蠣は美味しい!

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7/18から福島のイベントに出張かき小屋とのことで、ギリギリ間に合いました(^-^)





夜は、翌日7/18に行われた

「在宅被災者を考えるシンポジウム」に先駆けて
  主催者の津久井弁護士
  「被災弱者」著者の東洋経済新聞社・岡田記者
  チーム王冠・伊藤代表
  まち・コミュニケーション代表理事 宮定 章さん 等の方が集まり
この日行われた、チーム王冠コーディネートによる
在宅被災者の方々への訪問に
関すると意見交換と
今後についての情報・意見交換が行われました。



今回のシンポジウムにチーム王冠が出席するにあたり、
発表用・配布用資料を作成しました。

  ①在宅被災者とはなにか?
  ②在宅被災者はなぜうまれたのか?
  ③在宅被災者とは何が問題なのか?

ということをまとめました。
(いずれチーム王冠の公式HPで公開されると思います)

簡単にいうと、
  ①東日本大震災で家屋が被災したにも関わらず、
   やむなく被災した家屋に住み続けている方々
  ②避難所が満員だった等で「避難所に入れなかった」ため
  ③避難所にいないと、法律として「被災者」として認定されないため、
   被災者として行政支援が受けられない
ことです。


これらを改善するには、プロフェッショナルな方々のお力が必要です。

ボランティアは事実を伝えて
行政やメディア・識者などプロフェッショナルな方々に、できるだけ早く
バトンタッチできるようにすること、なのだと思います。


参考までに
 川崎市川崎区の人口は11万人。
 川崎市川崎区の避難所の収容人数は推計3.5万人。(ホテルも含まれます)
 ざっくり倍としても6万人。

東日本大震災のような大規模津波災害がおきたとき、
住民全員は避難所に収容しきれないことが想像されます。


在宅被災者支援を考えるシンポジウム(読売新聞 2015/7/19)

在宅被災者支援を考える(NHK盛岡 2015/7/18)



ボランティア活動-石巻・漁業支援(7/18)

今回は1日のみのお手伝い。

厚木市からいらしたリピーターの男性と
石巻のとある湾で海藻類の出荷準備手伝いです。


半年ぶり・・かと思ったら昨年4月以来、1年3か月ぶりでした。

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ユリの花がたくさん咲いてました。
あたり一帯ユリの花の香りが漂っていました。

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途中通過する雄勝の街並みは変わらず、
街の再生に時間がかかっていることを改めて思いました。





こちらでのお手伝いのメインは
出荷先ごとに異なるワカメなどを規定の重量分はかって、袋詰めして、袋とじすること。
スーパーへの出荷や電話注文の数量分、在庫保管分をつくっていきます。


今回初めて、ワカメの「芯ぬき」作業デビュー。
「は」(普段ワカメと言っている部分)と「くき」(茎ワカメになる部分)を
分離させる作業です。

工場に行くと、浜のお母さんたち(といっても数人です)が
いつもずっと行っている作業です。


「くき」と「は」の間に切り込みをいれて、手で”しゅるしゅるしゅる”と分離させます。
時間がなくてほんの少ししかできませんでしたが難しい!


こちらの水産会社は
被災して家屋や工場が流出し、再建のために借金を重ね、
土日も休みなく、連日働いています。

お体の不調を話す奥様に、少しお休みなさったら、とお話してしまい、
でも、1日も休めないの、と笑顔で返して下さったのですが、
自分の配慮のなさに反省をしました。


浜の外から人が来ない中で、
今後再建の見通しをなんとかたてるために、
ボランティアが細々と継続的にお手伝いを続けています。

2015年7月 6日 (月)

ボランティア活動-新センター(活動拠点)への行き方

チーム王冠の活動拠点が、4月下旬に
万石浦に移転しました。

参考までに、新活動拠点(センター)までの行き方です。




深夜バスで石巻駅着のケースで。


ミヤコーバス、キラキラ号などは6時~6時30分ごろに
石巻駅に到着します。


石巻始発女川行きの電車は「7時1分」発。
(写真は5月のものです。7月は7時1分発になっていました。)



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下車駅の「万石浦駅」は無人駅なので
あらかじめ切符を買いましょう。



石巻駅構内のコンビニは、朝6時30分に開店するので、
朝ごはんを買って、電車に。


12分ほどで万石浦駅に到着します。


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駅の改札をでたら、ひたすらまっすぐ歩く。
10分も歩くとセンターに到着します。

駅からの行き方は簡単です。

ボランティア活動-石巻・個人宅近況伺い・畑仕事(7/4)

2日目は午前と午後でそれぞれのお手伝いでした。


■午前中■

石巻市内の震災後チーム王冠が支援していた方々の近況伺い。

長期ボランティアの男性で、ずっと在宅被災者の
アセスメント調査もされていた方と一緒に回りました。


本日訪問した市街地ともいえる内陸のこのエリアは、
最も新築物件が立てられている地区。


なので、在宅被災の方ではなく
既存のアパートなどに入居されている『みなし仮設』の方々が多いです。

久しぶりの訪問で、今後の対応有無を判断するクレンジング作業でもあります。

避難所にいた方々は被災者として認知される存在になりますが、
”在宅被災”-様々な理由で避難所から戻らざるを得なかった、
      入らなかった、入れなかった-の方々は
「被災者」と認知されませんでした。

在宅被災の方々を見つけるには
どうするか?


歩いて探し回ります。

被災した家屋でも洗濯物があったり、
人が住んでいそうな雰囲気を見ては一件一件ドアノック。

みなし仮設の方々は、新聞に告知した毛布、
布団配布の案内に反応して下さった方々が多くを占めます。


これも毛布を配りながら、それぞれの専門家につなぐための状況伺いです。



とにかく歩き回らないとはじまらない。
本日も数十件のうち、不在、転居など空振りもたくさん。


かつてアパートがあったところに、新しい建物となった場所も少なからず。
そこにいた方々が新天地で無事に生活されていることを祈るばかりです。

久しぶりに、少しだけ、原点に戻った気がした午前中でした。




■午後■

午後は一転畑仕事。

チーム王冠の副代表の方が設立された
『こころスマイルプロジェクト』のお手伝いです。


震災により『不登校やPTSDなどにより居場所を失いかけている子供たち』の
心のケア活動などをしています。


午後の作業は
お借りした写真の畑で、子ども達が、イモ植えを出来るように準備すること。


畑に隣接している老人介護施設に通われるお年寄りとの交流の場にもなるそうです。


で、畝づくりです。


堆肥が巻かれた土を、鍬とスコップで掘り起こし、
鋤でならして5つの畝を作りました。


施設の方と、長期ボランティアの男性と3人で作業したけど、
多分私が1番掘れてない…とほほ。

こういう作業すると、いつも『ヒトとしてだめだなぁ』
と思います…


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ボランティア活動-石巻・牡鹿半島・漁業支援(7/3)

2か月ぶりの石巻です。

2日間お邪魔しました。


1日目は、石巻市牡鹿半島の浜でホヤの養殖手伝い。


広島からいらした、リピーターの女性の方と伺いました。



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石巻に行くと、1日はこちらにお邪魔することが多いです。


家も漁業道具も一式流され、震災後は
お仕事を辞めることも考えたそうです。

ですが、年齢などからほかの仕事は難しいと
半島に戻って漁業を再開。

しかし、人口減のうえ、さらに被災で人が減った半島には
人手がありません。
いまだご夫婦以外はボランティアだけです。

ホヤ養殖は牡蠣の貝を使いますが、
いつもの貝殻の紐を通しと
今回は貝殻の穴あけもデビュー。

前工程も少し担わせていただきました。

ホヤは今がシーズン。

震災前の大口取引先だった韓国が、
政治的な理由で禁輸措置をとっているため、国内水産関係者は苦しいとのこと。

国内向けに販路を求めて奮闘してるけど、認知度はまだまだ。

そんな背景もあり、国内向け出荷はずいぶん安い値段での買い取りになってるそう。





また、この場所の話ではないけれど、高台移転などで、
山を切り崩した影響で、湾によっては、海が濁り始めてるらしい。

山から木々が切り倒されて、雨水が泥水のまま海に流れ込む。
未来の海や海産物に影響がでないといいけど。

ボランティア活動-石巻・牡鹿半島・漁業支援・倉庫片づけ(5/1-2)

1か月ぶりの石巻です。



■1日目■


1日目は、石巻市牡鹿半島で、ホヤ養殖のお手伝い。

一度に1-2日間の訪問ですが
うち1日はこちらにお手伝いすることが多いです。

快晴で、爽やかな風が気持ち良い、絶好のアウトドアお手伝い日和でした(^-^)

浜からの風が本当に気持ちのよい場所です。

陽射しはあっても、日陰で作業しているので、暑くもなく、
”いつまでも作業できる~”、というくらい快適でした。


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■2日目■



2日目は、作業機材等を保管していた市内の倉庫の解体。


長期ボランティア・大工の方の指示のもと
今回いらした男性ボランティア2名と計4名で作業。


いやー巨大テントって重い・・・

幕をたたむだけでも一大事です。

ほとんど男性陣に頼りながら、ヨタヨタと片づけ作業をしました。



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ボランティア活動-石巻・漁業支援(4/3)

本日は石巻のある浜で牡蠣の養殖お手伝い。


写真はその浜からの近景。
まだ浜の修繕が終わらず岸に着けない船たち。

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牡蠣の種付けはホタテの貝殻、
ホヤは牡蠣の身の方の貝殻を使う。

ノリ養殖は牡蠣の蓋の方の貝殻を使うのだそう。
循環してるんですね。


ホヤも牡蠣の養殖もこれまでほんの少しのお手伝いだけど、
たくさんの手間と人手がいるお仕事だとつくづく思った。


重機をつかったり、
工具をつかう工程(という言葉が適切ではないかも)もあるが、
手作業の工程も少なくない。


何トンと水揚げするためには、何千個分の手作業を行うこともある。


今日お手伝いした漁師のおじいさんは、
かつて、「養殖は農業と同じ、手間隙かけて育てるんだ」と
誇らしげにおっしゃっていた。



震災前は、種付け準備は家族はもちろんご近所の方々や浜の人たちが
手伝って行っていた。
しかし今は近所や浜の人たちがいない。

さらに
手塩にかける、
手間隙をかける、という仕事。

こういう仕事は若い人や、私の所属する、どちらかといえば、
効率や合理性を尊ぶIT業界を志向する人たちは、
多少のお金をもらってもやらないだろうなぁ、と思った。




震災後、ホタテの養殖は、漁師によっては、
人手がないから北海道から種を買う場合もあるそうだ。

でも牡蠣は日本全国の種牡蠣は三陸産だ。


自動化?、それで生活できる、尊ばれる仕事になること?

なんだかわからないけど、
何かが変わらないと、いずれ、
三陸の海の恵みはなくなるかもしれないとも思った1日でした。

ボランティア活動-石巻・牡鹿半島・漁業支援(4/2)

代休か有休か分からないけど、お休みいただいて、久しぶりの石巻。

牡鹿半島でホヤの養殖のお手伝い。
天気は快晴、風は冷たく心地よくいつまでもお手伝いしたかった1日でした。


ホヤの養殖も四年目。

変わらず浜に人は戻らず
先の見通しをたてるために毎日まいにちご夫婦お二人で奮闘なさってるのを
細々とボランティアがお手伝いしてます。

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そのご夫婦が入居されたつい最近、完成した災害公営住宅、私が見ても場所も建物も絶句するものでした。

歯を食いしばって終のすみかになるのがこれか?と言わざるを得ない。
奥様が一生懸命、この状況を自分に言い聞かせていると伺ったけどさもありなん。
心が折れてもおかしくない。

行政もその時判断できる条件で決めたものだろうし、
膨大な業務量で平等を意識しながら考えたのだろうけど、
現場で起きる復興の取り組みは本当に生き延びた方々を幸せにする気があるのかと、
思わざるをえない光景でした。


後半のくだりは、写真もなくテキストだけですみません。

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